その受賞した亀の尾蔵舞が無くなった頃だった。
亀の尾の栽培農家さんの奥さんから、夜中11時半ごろに電話があった。「遅くなりましたけど、今年もよろしくお願いします」と。だった数分の電話だった。亀の尾は、その存続が決定したのだ。私は感激し、日付が変わる頃までずっと泣いていた。
以下は、農家さんから直接聞いた言葉ではないが、後に別の人を介して聞いた、亀の尾栽培農家さんの言葉だ。
「あんたの造った亀の尾は旨かった」
今を生きることに先送りなどない
1位受賞した亀の尾は、私が杜氏として初めて造りに望んだ亀の尾だった。日下部氏の死と、亀の尾蔵舞の危機を経て、どん底から這い上がった結果だった。
しかし、竹野酒造の酒はこれから先も、もっと良くなる。徐々に、徐々に良くなるのだ。うちの酒は、まだまだだからこそ、良くなるのだ。
思えば、おやっさんの死を「人間の死」として、認識した時から、価値観が大きく変わり始めたのだと思う。私も、出会った人たちも、もしかしたら明日死ぬかもしれないのだ。それは、若い人だからどう、ということは関係ない。今会いたい、今学びたい、と思う気持ちに、先送りなどありえない。今行動したいと思う気持ちは、私にとってはそれが全てなのだ、と。
人は急には変われない。酒の品質が年々上がっていくのと同じように、何年もかけて、しかもどんどん変わっていくものだ。だから、今動きたい気持ちを抑えることなどできないのだ。
私は今、様々な行動を起こそうとしている。私が造りたいものは、ただ日本酒というジャンルのものではない。酒のシーンは無限に広がって行く。
空間、音楽、内装や提供される料理と酒。そして何より、そこに集まってくる人たち。その場所にはどんな酒が相応しいのだろう。思いがふんだんに注がれた酒米で、思いをふんだんに込め、酒を造る。特別な場所で飲む酒だからこそ、精一杯の仕事で、生きる事を楽しみながら造っていきたいのである。そして、生きることを楽しみ、行動している人と出会いたいのだ。
私は今年2010年の12月をもって27になる。
生きる事を楽しむことが、私たちの酒の品質を上げていくと思う。私なりに困難を乗り越えてきた、今年の酒造りは、すでに始まっている。まだまだこれからだ。
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